AIで写真を“生成”するカメラが登場。果たしてそれは「写真」といえるのか製作者に聞いてみた

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  • author 山本勇磨
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AIで写真を“生成”するカメラが登場。果たしてそれは「写真」といえるのか製作者に聞いてみた

写真ってなんのために撮るんだっけ。

こちらのカメラをご存知でしょうか? 現在Twitterで2.2万いいねを集めており、AI(画像生成モデル)の面白い実用例として注目を集めている「Paragraphica - パラグラフィカ」という作品。

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現在は3Dプリンタで製作されたプロトタイプ。販売の予定などはない

カメラのような形をしていますが、光を集めるレンズはなく、その代わりに赤いモチーフが装飾されています(ちなみにこの装飾には特に機能はありません)。Paragraphicaは、AIによって写真を撮影ではなく「生成」するカメラなんです

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こちらが生成された写真。左が本物の場所で、右がAI写真です。

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Paragraphicaの背面のモニターにはテキストが表示される。シャッターを押すと、このテキスト(プロンプト)を元にAIが画像を生成する

仕組みとしてはParagraphica本体がネットワークに繋がっており、撮影者の居る場所や時間、天候などの情報を取得。その情報からカメラがリアルタイムでプロンプトを作成し、それを元に生成AIが画像を作り出します

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そんなParagraphicaがTwitterのタイムラインに流れてきて、私は「なんだこれは」と一気に惹かれました。生成されたサンプルの本物っぽさもさることながら、コンセプトが凄く面白い。というのもAIが“カメラ”として外に持ち出されることで、生成される写真に必然性が生まれると思うんです。

今回AIの生成モデルにはStable Diffusionが使われているそうですが、そこに入力されるのは撮影した地点のデータ。逆にいうとそれ以外のデータが入力される可能性がないのです。なんでも生成できるジェネラルなAIが存在し、それに入力されるデータが撮影という行動に制約されているということ。この2つの組み合わせによって、AIが作る写真が人間にとって大きな意味を持つと考えました。

この作品の本質は人間にとって「そもそも記録とは何だったのか?」と問うこと。この先AIの精度が上がり、本当に撮影された写真と見分けはつかなくなっていくでしょう。しかし、撮影者にとってそれは“写真”といえるのか。ここに面白さが凝縮されていると思ったのです。

AIは世界をどのように見る?

portrait
『Paragraphica』のデザイナーであるBjørn Karmannさん

そこで今回はParagraphicaを作った張本人である、オランダ在住のBjørn Karmannさんに話を聞きました。

まずParagraphicaのアイデアを思いついたきっかけは、2つの考えごとだったそうです。

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「ひとつは、『An Immense World』という本を読んで、動物が私たち(人間)とはまったく異なる方法で世界を知覚していることを知りました。これを『非人間的知覚』と言います。その中でもホシバナモグラは、なぜか妙にファンタジックな生き物として際立っていました」

このホシバナモグラというのは、目が見えない特徴を持つモグラ。Paragraphicaの特徴的な赤い装飾のモチーフになったものです(ちょっと苦手な方もいるかもしれないので写真はこちらに貼っておきます

「2つ目に、私はある場所に紐づくデータ量についていろいろと考えていました。単純にGoogleで住所や道路を検索するだけでも、そこには膨大な量の情報があるはずです。この2つの組み合わせから、私たちの世界がどのようなものであるか、最近の大規模AIによって知覚できるんじゃないかと気づいたんです」

そこで生まれたのが今回のParagraphica。ある地点における要素(住所や天気など)を情報化し、それをAIによって再現することで、私たちの世界をリバースエンジニアリング的に知覚できると考えたそうです。

具体的には、以下のようなプロンプトをベースにAIに生成をさせているそう。

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アムステルダムのウェスター通りで撮影した、夕方の写真。天候は晴れ、気温は14度。国王誕生日。近くには、レストランやバー、食料品店などがあります

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ツウィスケのデ・ノールダーラーイクで撮影した、真昼の写真。天候は一部曇り、気温は20度。2023年5月28日の日曜日。近くには、ビーチや自然保護区があります

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アムステルダムのクリフォード通りで撮影した、真昼の写真。天候は一部曇り、気温18度。2023年5月24日の水曜日。近くには、駐車場とヨガスタジオがあります

また基本情報の7項目は、以下の方法で習得しているそうです。

時間→JavaScriptから取得

住所→Mapbox APIから取得

天気→OpenWeatherMap.orgから取得

気温→OpenWeatherMap.orgから取得

日付とイベント→JavaScriptから取得(※4月27日・国王誕生日など)

地点の特徴→Mapbox APIから取得(※近くにレストランやバーがある、など)

記録と記憶の関連性。写真は記憶のショートカットである

さて、AIが生成する写真は果たして“写真”といえるのでしょうか? Bjørnさんは、写真という言葉がテクノロジーに追いついていないと考えているようでした。

「Paragraphicaについて話すとき、写真という言葉を“写真”というように引用符で囲むようにしました。撮影された写真と、生成された写真は表面的には違いがないように見えます。ただテクノロジーの進歩が非常に速く、私たちが写真やアートで使う用語や言葉は、生成AIによってその本質の問われるようになっています。“写真”にも新しい言葉が必要かもしれませんね。今のところそのギャップを埋めるのがParagraphicaだと思っています」

人が写真を撮る理由は、事実を記録する(報道やドキュメンタリーの)側面と、思い出=記憶を残すために撮影する側面があると思います。そこで彼にこんなことを質問してみました。

「日本では『思い出補正』という言葉がよく使われます。これは、私たちの記憶は時間とともに美化されることを指しますが、記録と記憶の関係性をどのように捉えていますか?」

「美しい質問ですね。写真は記憶のショートカットになることがあります。例えば、ふとした物や人を写真に撮ることがありますが、それは写真のためではなくむしろ記憶のためです。もし写真が記憶を呼び起こすのであれば、生成された写真は存在しなかった記憶を作り出すかもしれません。『見てから信じる』という言葉が、確かに問われていますよね」

確かに、記憶のための写真であれば、そこに映し出される写真はリアルじゃなくてもいい。記憶を思い出すための“トリガー”をAIが理解する(つまり人が世界をどのように知覚しているか知る)ことで、人の記憶がもっと鮮明に残しておけるのではないか。彼の言葉にはそんなニュアンスを感じます。

大量生産されるカメラデバイスはどのように進化する?

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今となってはカメラにAIを搭載することは目新しいことではなく、すでに多くのメーカーがAIを使って写真を最適化しています。特に最近のスマホはカメラの新機能が広告の中心になっていて、Google Pixelの消しゴムマジックのようにリアリティを超えて美化することが受け入れられつつあります。

「近い将来、Paragraphicaのようにカメラが現実を合成して、本物とは思えないような写真・映像に変えてしまうかもしれないのです。この効果の良い例が『フィルター・ディスモルフィア*』です。さらに、そのバーチャルな自分を現実の自分のメイクに反映することで、バーチャルと現実のフィードバックループに陥ってしまう人もいます」

*フィルター・ディスモルフィア・・・自分の写真をソーシャルメディアのフィルターを通してみることで誇張され、美化された自己像に固執し、その結果、リアルな自己像に不満を持つという現象。リアルな顔や身体を「不完全」と感じ、しばしばコンプレックスを深刻化させる可能性があります。

またBjørnさんはこう付け加えました。「現実との境界線を曖昧にするようなカメラが登場すると思います。問われるのは、それが可能かどうかではなく、むしろ私たちがそれを許すかどうかです」。

まさに、人間が世界をどのように記憶したいかによって記録のあり方も変わってきています。カメラが人の記憶のトリガーを理解し、私たちが想像もできないような記録のフォーマットがこれからたくさん生まれてくるでしょう。

作者プロフィール - Bjørn Karmannさん @BjoernKarmann

中国・上海やデンマーク・コペンハーゲンの学校で、コミュニケーションデザインとインタラクションデザインを学ぶ。現在はoio studioというデザインチームを起業し、未来の製品に取り組む。また個人的な活動でもAIを扱った作品を多数製作。意識していることは「AIの良さではなく、人間の良さを引き出すこと」。愛機はFUJIFILM X-T3。

https://bjoernkarmann.dk/project/paragraphica